中小企業の人事評価制度|その導入、本当に必要ですか?


中小企業の人事評価制度、会社の規模が大きくなるにつれて、「そろそろ、うちも導入すべきか」と考える経営者の方は、非常に多いのではないでしょうか。

しかし、その一歩が、あなたの会社の成長を加速させる特効薬になるか、あるいは、組織の活力を奪う劇薬になるか知っていますか?

自社の現状と照らし合わせながら、読み進めてみてください。


【村井 庸介(むらい ようすけ)】
大学卒業後は株式会社野村総合研究所に入社し通信業・製造業の経営コンサルティングに携わる。その後リクルート、グリー、日本IBMに転職。その中でグリー株式会社にて人事制度設計に携わった。
2015年に独立後は、社員30名のベンチャー企業から5,000名を超える大企業まで幅広く人事制度設計や導入伴走に携わる。顧客業種は製造業、サービス、IT企業が中心。経営理念・事業戦略から逆算した人事制度構築を得意とする。


はじめに:中小企業の人事評価制度 その導入は劇薬かもしれない


人事評価制度は、正しく使えば組織を成長させる強力なツールとなります。

しかし、その導入の決断は、極めて慎重に行われなければなりません。

特に、体力に限りある中小企業にとって、安易な導入は、取り返しのつかない事態を招きかねないのです。

なぜ9割の中小企業は制度導入で失敗するのか

驚かれるかもしれませんが、多くの中小企業が、良かれと思って導入した人事評価制度によって、むしろ組織の状態を悪化させています。

社員のモチベーションは下がり、管理職は疲弊し、社内には不信感が渦巻く。

なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。

その理由は、非常にシンプルです。

ほとんどの企業が、制度導入の「本当の目的」を理解しないまま、ただ「仕組み」だけを導入してしまっているからです。

魂のない制度は、人を幸せにしません。

大企業ごっこになっていないか?

「上場企業が導入しているから」「立派な制度があれば、採用で有利になるから」

こうした、体裁を整えるためだけの制度導入を、私たちは「大企業ごっこ」と呼んでいます。

中小企業には、中小企業ならではの強みがあります。

それは、社長と社員の距離が近く、意思疎通が密であることです。

この最大の武器を自ら捨て去り、形だけの「大企業ごっこ」に走ることは、会社の個性を失い、組織を弱体化させる、最も愚かな選択の一つなのです。

会社の健康診断書を把握しよう

この記事は、あなたの会社に「人事評価制度を導入すべきか、否か」という問いに対する、一つの「健康診断書」として機能します。

まずは、巷で語られる一般的なメリットと作り方を理解する。

その上で、あなたの会社が、本当に制度という「劇薬」を必要とするステージにあるのかを、客観的に見極める。

そして、もし必要だと判断したならば、失敗しないための、本質的な処方箋を手に入れる。

さあ、あなたの会社の健康状態を、共に診断していきましょう。

まずは知るべき一般的なメリットと導入手順


本質的な議論に入る前に、まずは、世の中で「正しい」とされている、人事評価制度の一般的なメリットと、その作り方について、網羅的に確認しておきましょう。

これらは、導入を検討する上での、基本的な知識となります。

中小企業が制度導入で得られるとされるメリット

人事評価制度が理想的に機能すれば、中小企業は多くのメリットを享受できるとされています。

第一に、「公平性・透明性の確保」です。 社長の個人的な感覚ではなく、明確な基準に基づいて評価されることで、社員は納得感を持ちやすくなります。

第二に、「従業員のモチベーション向上」です。 努力や成果が、昇給や賞与といった形で正当に報われることが、仕事への意欲を高めます。

そして第三に、「人材育成と定着」です。 評価を通じて、個々の社員の強みや課題が明確になり、育成計画が立てやすくなることで、人材の成長と定着に繋がります。

これらは確かに、企業経営における重要なテーマです。

一般的な人事評価制度の作り方5ステップ

では、これらのメリットを実現するために、一般的には、どのような手順で制度を作るのでしょうか。

多くの解説書では、以下の「5つのステップ」が紹介されています。

ステップ1は、「課題把握と目的設定」です。 自社の課題を洗い出し、制度で何を解決したいのかを明確にします。

ステップ2は、「評価基準と項目の決定」です。 定めた目的に基づき、何をすれば評価されるのか、具体的な基準を策定します。

ステップ3は、「評価方法とルールの設定」です。 誰が、どのように評価し、それをどう処遇に反映させるのかを決めます。

ステップ4は、「システム整備と社員への周知」です。 評価シートなどを用意し、全社員に制度の内容を説明します。

ステップ5は、「運用開始と定期的な見直し」です。 実際に制度を動かしながら、継続的に改善を加えていきます。

この5ステップが、一般的な制度の作り方です。

中小企業向け人事評価システムの現実

近年、こうした制度の設計や運用を、比較的安価にサポートしてくれる、中小企業向けの人事評価システムも、数多く登場しています。

これらのシステムは、確かに、人事担当者の業務負担を軽減し、評価プロセスの効率化に貢献するでしょう。

しかし、忘れてはならないのは、システムは、あくまで「道具」に過ぎないということです。

どんなに高価な料理道具を揃えても、料理人の「何を作りたいか」という思想がなければ、美味しい料理は作れません。

システムは、あなたの会社の理念を、自動で形にしてくれる魔法の杖ではないのです。

その現実を、私たちは、まず直視する必要があります。

50名未満の中小企業に人事評価制度が不要な理由


さて、ここからが、この記事の核心です。

私たちは、これまでの経験から、「従業員数50名未満の中小企業においては、人事評価制度は、むしろ導入しない方が良いケースが多い」と、考えています。

これは、多くの専門家の意見とは、真逆かもしれません。

その理由を、ご説明します。

社長の生の声が最強の評価制度である

従業員が50名未満の規模であれば、多くの場合、社長は、全社員の顔と名前、そして、その働きぶりを、直接把握することができます。

誰が、今、最も頑張っているか。

誰が、チームに最も貢献しているか。

誰が、悩みを抱えているか。

社長であるあなたの「肌感覚」が、それを教えてくれるはずです。

そして、その肌感覚に基づいて、あなたが直接かける「ありがとう」「よくやったな」「次は、こうしてみないか」という、生の声。

それこそが、どんなに精緻な評価シートよりも、社員の心を動かす、「最強の評価制度」なのです。

無理な制度導入が引き起こす3つの悲劇

この「社長の生の声」という、中小企業ならではの最強の武器を捨ててまで、無理に人事評価制度を導入すると、多くの場合、3つの悲劇が起こります。

一つ目は、「組織のスピード感の喪失」です。 これまで社長の一声で決まっていたことが、評価期間や目標設定といった、制度のプロセスに縛られ、意思決定が遅くなります。

二つ目は、「社員のモチベーション低下」です。 社長との人間的な関係性の中で評価されていた状態から、冷たい評価シートの上で点数を付けられる状態へと変わることは、社員にとって、大きなストレスと不信感を生み出します。

三つ目は、「本業へのリソース圧迫」です。 ただでさえリソースの限られる中小企業が、制度の設計や運用に多大な時間と労力を費やすことは、売上や利益に直結する、本来の事業活動を、圧迫することに繋がります。

制度の前に社長がやるべきこと

もし、あなたの会社が50名未満で、かつ、組織に大きな問題を感じていないのであれば。

あなたが今やるべきことは、人事評価制度の導入ではありません。

もっと、社員と対話することです。

もっと、顧客と向き合うことです。

そして何より、社長であるあなた自身が、「この会社を、どこへ導きたいのか」という、自らの理念を、より深く見つめ直すことです。

制度という「仕組み」に頼る前に、まず、あなたの「想い」を、あなたの「言葉」で、社員に伝え続けること。

それが、50名未満の企業における、最も本質的な人事施策なのです。

本当に必要な中小企業とは社長の目が届かなくなった会社


では、どんな中小企業に、人事評価制度は、本当に必要になるのでしょうか。

その答えは、極めてシンプルです。

それは、社長であるあなたの「目」が、もはや、全社員に届かなくなった時です。

導入のタイミングは50名の壁

多くの企業で、その限界点、つまり「社長の目が届かなくなる」のが、従業員数50名前後であると、私たちは考えています。

私たちは、これを「50名の壁」と呼んでいます。

社員数が50名を超えると、社長は、もはや全社員の働きぶりを、直接、肌感覚で把握することは、物理的に不可能になります。

社長の目が届かない部署では、社長が大切にしてきたはずの理念や文化が、いつの間にか、部署独自のルールに上書きされ、歪んで伝わり始めます。

この「50名の壁」こそが、人事評価制度の導入を、本気で検討すべき、唯一のタイミングなのです。

制度の目的は社長の分身を創り出すこと

そして、このタイミングで導入する人事評価制度の目的は、一般的な「公平性の確保」や「モチベーション向上」ではありません。

その、たった一つの、しかし最も重要な目的。

それは、社長の目が届かない場所で、社長の代わりに、社長の理念や価値観を伝え、判断を下してくれる、「社長の分身(アルター・エゴ)」を、創り出すことです。

人事評価制度とは、社長の理念をインストールされた、もう一人のあなたなのです。

この制度があるからこそ、会社が大きくなっても、組織のベクトルがずれることなく、社長が目指す方向に、全社員が一丸となって、進むことができるのです。

理念から創る中小企業のための人事評価制度


では、どうすれば、「社長の分身」となる、魂のこもった人事評価制度を、創ることができるのでしょうか。

それは、他社の真似をするのではなく、社長である、あなた自身の心の中から、創り出すのです。

STEP1:社長が誰をえこひいきするかを宣言する

制度作りの最初のステップは、社長であるあなたが、「この会社では、どのような価値観を持ち、どのような行動をする人間が、最も賞賛され、報われるべきなのか」という、会社の「えこひいき」の基準を、明確に言語化し、全社員に宣言することです。

「我が社は、失敗を恐れずに挑戦する人間を、えこひいきする」

この、社長の覚悟のこもった「えこひいき宣言」こそが、制度の魂となり、全ての評価の、ブレない軸となります。

STEP2:理念をシンプルなルールに落とし込む

次に、その宣言した理念(えこひいきの基準)を、できるだけシンプルな「ルール」へと、落とし込んでいきます。

中小企業の制度は、大企業のように、複雑である必要は全くありません。

例えば、「挑戦」をえこひいきするなら、評価項目に「チャレンジ度」という項目を一つ加え、その配点を高くする。

賞与の査定において、挑戦的なプロジェクトに関わった社員には、特別な加算を行う。

このように、理念を体現する、数個の、しかし強力なルールを作るだけで、十分なのです。

STEP3:社長自らが最初の法律遵守者となる

そして、最も重要なのが、この新しい「法律」を、社長自らが、誰よりも、厳格に遵守する姿を見せることです。

たとえ、個人的に親しい社員であっても、理念に反する行動を取ったならば、ルールに則って、厳しい評価を下す。

逆に、普段は目立たない社員でも、理念を体現する素晴らしい行動を取ったならば、ルールに則って、最大限の賞賛と報酬を与える。

社長のこの一貫した姿勢が、制度への信頼を生み、社員の行動を変えていくのです。

まとめ:自社の規模と理念に合った制度を考える

中小企業の人事評価制度。

その導入の是非は、会社の「規模」と「理念」という、二つの軸で、判断すべきです。

あなたの会社は今どのステージにいるのか

まず、自問してください。

「私の目は、まだ、全社員に届いているだろうか?」

もし、答えが「YES」であるならば、あなたは、まだ、制度という「仕組み」に頼る必要はありません。

あなたの「生の声」こそが、最高の評価制度です。

もし、答えが「NO」であるならば、あなたは、いよいよ、「社長の分身」を創るべき、ステージに来たのかもしれません。

中小企業専門の人事制度設計 個別相談

もし、あなたが、自社のステージを見極め、あなたの会社の理念、つまり「魂」のこもった、唯一無二の人事評価制度を、本気で創りたいと願うならば、ぜひご相談ください。

社長であるあなたの「想い」を言語化し、それを組織の隅々にまで浸透させる、血の通った制度設計を、ゼロから、共に行います。

あなたの会社だけの「本物の制度」を、共に創り出せる日を、心から楽しみにしています。

人事評価制度にお困りの方は、お気軽に村井にご相談ください。


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