人事評価フィードバックのコツ|部下を動かすのは技術か理念か

人事評価のフィードバック面談。

多くの管理職や経営者にとって、一年で最も気が重くなる仕事の一つかもしれません。

「部下のモチベーションを下げずに、どうやって厳しい評価を伝えればいいのか」

「面談が、ただ評価結果を伝えるだけの『作業』になってしまっている」

そんな悩みを抱えるあなたに、一つ、本質的な問いを投げかけたいと思います。

部下を本当に動かすのは、面談の「技術」でしょうか。

それとも、その根底にある会社の「理念」でしょうか。

多くの解説記事では、SBIモデルといった面談の「技術」が紹介されています。

もちろん、それらの技術は重要です。

しかし、技術だけに頼ったフィードバックは、かえって部下の心を冷めさせ、あなたの会社から「魂」を奪っていく危険性を孕んでいます。

この記事では、すぐに使える面談技術を網羅的に解説した上で、その技術を本当の意味で機能させる「理念」の重要性をお話しします。

この記事を読み終える頃には、あなたのフィードバックは単なる「作業」から、部下と会社の未来を共創する「未来への投資」へと変わっているはずです。


【村井 庸介(むらい ようすけ)】
大学卒業後は株式会社野村総合研究所に入社し通信業・製造業の経営コンサルティングに携わる。その後リクルート、グリー、日本IBMに転職。その中でグリー株式会社にて人事制度設計に携わった。
2015年に独立後は、社員30名のベンチャー企業から5,000名を超える大企業まで幅広く人事制度設計や導入伴走に携わる。顧客業種は製造業、サービス、IT企業が中心。経営理念・事業戦略から逆算した人事制度構築を得意とする。


そのフィードバック「答え合わせ」になっていませんか?

半期に一度、あるいは年に一度行われるフィードバック面談。

その光景を少しだけ、客観的に眺めてみましょう。

評価シートを前に、上司が部下へ評価結果を読み上げ、その根拠を説明する。

部下は、神妙な顔でそれに耳を傾ける。

まるで、テストの結果発表のような、過去の行動に対する「答え合わせ」の時間が、そこには流れていないでしょうか。

9割の管理職が陥る「通知表を渡すだけ」の面談

多くの企業で、人事評価のフィードバックは、残念ながら「通知表を渡すだけ」の儀式と化してしまっています。

上司は「評価者」として評価結果を伝え、部下は「被評価者」としてそれを受け取る。

そこには、一方的な情報の伝達があるだけで、未来に向けた創造的な対話は存在しません。

上司は「B評価という結果を、どう伝えれば角が立たないか」ということばかりに気を揉み、部下は「なぜA評価ではないのか」ということばかりに意識が向きます。

これでは、面談が終わった後に残るのは、上司の疲労感と、部下の不満や諦めだけです。

評価期間中の部下の頑張りを認め、次の成長に繋げるという、本来の目的はどこにも見当たりません。

もし、あなたの会社のフィードバックがこのような状態になっているとしたら、それは決して管理職個人の能力の問題ではないのです。

フィードバックに対する、根本的な考え方そのものに、メスを入れる必要があります。

部下の心を折る「正しいフィードバック」の罠

中には、研修などで学んだ「正しいフィードバック」を実践しようと努力している、熱心な管理職の方もいるでしょう。

具体的な事実(ファクト)に基づき、ロジカルに改善点を指摘する。

感情的にならず、あくまで客観的に、冷静に。

一見すると、これは非常に「正しい」アプローチのように思えます。

しかし、この「正しさ」こそが、時として部下の心を折る最も鋭いナイフになり得るのです。

人間は、論理だけで動く生き物ではありません。

どれだけ正論を突きつけられても、感情的に「受け入れたい」と思えなければ、心は固く閉ざされてしまいます。

「君のこの行動は、データ上、非効率だった」という完璧な正論は、部下に反論の余地を与えません。

しかし、それは同時に、部下から「自分なりに工夫したのに」「あの時は、そうせざるを得ない事情があったのに」といった、思考や言い分を奪うことにも繋がります。

正論で追い詰められた部下は、やがて思考を停止し、「どうせ何を言っても無駄だ。上司の言う通りにしておこう」という、指示待ちの状態に陥ってしまうのです。

「正しいフィードバック」は、時として部下から主体性を奪い、成長の機会を潰してしまう罠なのです。

目指すのは「未来の地図」を共に描く対話

では、私たちが目指すべきフィードバックとは、どのようなものでしょうか。

それは、過去の行動を評価する「答え合わせ」や「通知表渡し」ではありません。

部下と共に、未来のキャリアや成長への道筋を描く「未来の地図」を創り上げる、創造的な対話の時間です。

評価結果は、あくまで現在地を確認するためのスタートラインに過ぎません。

重要なのは、その現在地から、部下自身がどこへ向かいたいのか、そして会社としてどこへ向かってほしいのか、その二つのベクトルをすり合わせ、共に目的地へのルートを探していくプロセスです。

この対話を通じて、部下は「自分は会社から期待されている」「この会社でなら成長できる」と感じることができます。

上司は「評価者」ではなく、部下の成長を支援する「パートナー」としての役割を担うのです。

この「未来の地図」を共に描くという発想の転換こそが、フィードバックを意味あるものに変える、全ての始まりです。

【技術編】明日から使える!部下の納得感を高める対話のフレームワーク

「未来の地図」を描くという目的を理解した上で、次はその対話を円滑に進めるための具体的な「技術」を学びましょう。

理念という魂も、それを伝えるための器がなければ機能しません。

ここでは、明日からすぐに使える、実践的なフレームワークと注意点を解説します。

準備が8割。評価の根拠となる「事実」を集める

質の高いフィードバックは、面談が始まる前、その準備段階で8割が決まると言っても過言ではありません。

ここで最も重要なのは、評価の根拠となる客観的な「事実(ファクト)」を、できるだけ具体的に集めておくことです。

「君は、もっと頑張れたはずだ」といった、抽象的で主観的な言葉は、部下の反発を招くだけです。

そうではなく、「〇月のAプロジェクトにおいて、君が作成した資料のおかげで、クライアントから高い評価を得ることができた」というような、具体的な成功体験。

あるいは、「B案件の報告が、締め切りより2日遅れたことが3回あった。その結果、チームの次の工程に遅れが生じた」といった、具体的な改善点。

これらの「事実」を、過去の1on1の議事録や、日々の業務記録、プロジェクトの成果物などから、丁寧に拾い集めておくのです。

この地道な準備が、あなたのフィードバックに圧倒的な説得力と納得感をもたらします。

そして何より、それは「私は、普段からあなたの仕事ぶりをしっかりと見ている」という、部下に対する最も強力なメッセージとなるのです。

面談の進め方5ステップと時間配分

面談当日は、場当たり的に進めるのではなく、明確なシナリオを持って臨むことが成功の鍵です。

一般的に、60分の面談であれば、以下の5ステップで進めるのが効果的です。

ステップ1:アイスブレイクと目的の共有(5分)。 まずは雑談などで場の空気を和ませ、心理的安全性を確保します。 そして、「今日は過去の評価を伝えるだけでなく、次の半期で君がもっと活躍するための作戦会議をしたい」というように、この場が未来志向であることを明確に伝えます。

ステップ2:部下による自己評価のヒアリング(15分)。 上司から話し始めるのではなく、まずは部下自身に、この期間の自己評価とその根拠を語ってもらいます。 これにより、部下の自己認識と、会社からの評価とのギャップを把握することができます。 上司は、決して途中で話を遮らず、傾聴に徹することが重要です。

ステップ3:評価結果と具体的な事実の伝達(15分)。 ここで初めて、会社からの評価結果を伝えます。 準備しておいた具体的な「事実」を元に、ポジティブな点、改善が必要な点を、客観的に伝えていきます。

ステップ4:未来の話と成長プランの策定(20分)。 面談の中で最も重要な時間です。 評価結果を踏まえ、「この強みを、次はどう活かしていこうか」「この課題を克服するために、どんなサポートが必要か」といった、未来に向けた対話を行います。 部下のキャリアプランと、会社の期待をすり合わせ、具体的な次のアクションプランを共に創り上げます。

ステップ5:まとめと激励(5分)。 最後に、話し合った内容を要約し、部下の今後の活躍への期待を、あなた自身の言葉で伝えて、面談を締めくくります。

心を動かす伝え方の技術「SBI+Rモデル」とは

具体的なフィードバックを伝える際には、「SBIモデル」というフレームワークが非常に有効です。

これは、S(Situation:状況)、B(Behavior:行動)、I(Impact:影響)の3つの要素で構成されます。

例えば、「〇〇の会議で(S)、君が積極的に意見を発信してくれた(B)、そのおかげで議論が活性化し、良い結論に繋がったよ(I)」というように伝えます。

これにより、単に「積極的で良かった」と褒めるよりも、はるかに具体的で、説得力のあるメッセージになります。

しかし、私たちは、このモデルに、著者独自の「+R(Role/Request)」を加えることを推奨します。

「+R」とは、その行動が、会社の理念や、その人に期待される「役割(Role)」とどう結びついているのかを伝え、未来に向けた「依頼(Request)」に繋げる、という考え方です。

先ほどの例に付け加えるなら、「その行動は、我が社の『挑戦を称える』という理念を体現するものだ(Role)。だから、次のプロジェクトでも、ぜひ君のその力をチームに貸してほしい(Request)」となります。

この「+R」を加えることで、フィードバックは単なる行動の評価から、会社の理念と部下の未来を接続する、極めて戦略的なコミュニケーションへと昇華するのです。

これだけは避けろ!信頼を失うNGフィードバックワースト3

最後に、どれだけ準備をしても、たった一言で部下との信頼関係を破壊しかねない、絶対NGなフィードバックを3つご紹介します。

ワースト1は、「人格や性格の否定」です。 「君は、慎重すぎる性格だからダメなんだ」といった発言は、改善の余地がない人格そのものを攻撃するものであり、パワハラと受け取られても仕方がありません。 あくまで、評価の対象は「行動」であり「人格」ではありません。

ワースト2は、「他者との比較」です。 「同期の〇〇君は、もう課長なのに、君は…」といった発言は、部下のプライドを深く傷つけ、劣等感を植え付けるだけで、何のプラスにもなりません。 比較対象は、常に「過去の本人」であるべきです。

ワースト3は、「過去の失敗の蒸し返し」です。 すでに解決し、反省もしているはずの、何年も前の失敗を、評価のたびに持ち出すのは、部下の心を深くえぐる行為です。 フィードバックは、あくまで今回の評価期間内の出来事に限定すべきです。 これらのNG言動は、百害あって一利なし。 絶対に避けましょう。

【理念編】技術の限界。なぜ「正論」だけでは部下は動かないのか

ここまで、フィードバックを成功させるための具体的な「技術」について解説してきました。

これらの技術を実践するだけでも、あなたのフィードバックの質は格段に向上するでしょう。

しかし、断言します。 技術だけでは、人の心は、本当の意味では動きません。

なぜなら、部下は、上司の「言葉」を聞いているのではなく、その言葉の裏にある「想い」や「価値観」を感じ取っているからです。

ここからは、技術の限界を超え、部下の魂を揺さぶるための「理念」についてお話しします。

フィードバックは「社長の代理業」であると心得る

管理職としてフィードバックを行うあなたに、まず心に刻んでほしいことがあります。

それは、フィードバックの場において、あなたは単なる「一人の上司」ではない、ということです。

その場に社長がいなくても、あなたは、社長の理念やビジョンを代弁する「社長の代理人」なのです。

これは、非常に重い責任を伴います。

あなたの発する一言一句が、部下にとっては「会社の公式見解」として受け止められます。

あなたが、会社の理念と全く異なる個人的な価値観でフィードバックを行えば、部下は「この会社は、言っていることとやっていることが違う」と、会社そのものへの不信感を抱くでしょう。

逆に、あなたが会社の理念を深く理解し、それを自分の言葉で語ることができれば、部下は、あなたを通じて、会社の目指す方向性を理解し、共感を深めることができます。

フィードバックとは、会社の理念が、経営陣から管理職へ、そして管理職から一般社員へと、正しく伝播していくための、最も重要な「神経」なのです。

あなたは、その神経の末端を担う、極めて重要な役割を担っているのです。

あなたが語るべきは評価結果ではなく会社の「北極星」

評価面談の場では、どうしても評価シートに書かれた評価結果や、個別の業務の達成度といった、ミクロな話に終始しがちです。

しかし、部下が本当に知りたいのは、それだけではありません。

彼らは、自分の仕事が、会社の大きな目的の中で、どのような意味を持っているのかを知りたいのです。

そして、自分が進むべきキャリアの方向性が、会社の進むべき方向性と合っているのかを、確認したいのです。

だからこそ、管理職であるあなたが語るべきは、目先の評価結果という「足元の石ころ」だけではなく、会社全体が目指す「北極星」なのです。

「今期の君の評価はBだった。しかし、それは問題ではない。我が社が目指しているのは、〇〇という社会を実現することだ。その壮大な旅の中で、君の〇〇という強みは、今後ますます重要になる。だから、次の半期は、その強みを活かして、〇〇という役割に挑戦してみないか」

このように、会社のビジョンという大きな文脈の中で、部下の働きを位置づけ、未来の役割を提示する。

そうすることで、部下は、日々の業務に追われる中で見失いがちだった「仕事の意義」を再発見し、より高い視座で、自らの仕事に取り組むことができるようになります。

部下の「成長ストーリー」と会社の物語を重ね合わせる

全ての人間は、自分自身の人生という「物語」の主人公です。

仕事は、その物語を構成する、非常に重要なチャプターです。

優れたフィードバックとは、部下個人の「成長したい」という私的な物語と、会社が「成長していく」という公的な物語を、見事に接続させる対話です。

上司は、部下のキャリアプランや、将来なりたい姿に、真摯に耳を傾けます。

そして、その部下の個人的な願いを実現するための道筋が、会社の事業計画やビジョンの中に、確かに存在することを示してあげるのです。

「君が将来、〇〇のプロフェッショナルになりたいという夢は、我が社がこれから注力していく〇〇事業の成長に不可欠だ。君の成長が、会社の成長に直結する。だから、会社としても、君の成長を全力でバックアップしたい」

このように、部下の成長と会社の成長が、win-winの関係にあることを、具体的な言葉で伝える。

そうすることで、部下は、自分の仕事が、単なる「やらされ仕事」ではなく、自己実現に繋がる「自分ごと」であると、心の底から感じることができます。

この「物語の接続」こそが、部下の内発的なモチベーションに火をつける、最も強力なスイッチなのです。

【実践編】会社の理念を「最強の武器」に変える対話術

理念の重要性は理解できた。

では、それをどのように、日々のフィードバックという「対話」に落とし込んでいけば良いのでしょうか。

ここでは、会社の理念を、あなたの言葉という「最強の武器」に変えるための、具体的な対話術を解説します。

「社長の言葉」を「自分の物語」として語る

会社の理念やバリューは、多くの場合、社長の言葉として、抽象的に語られます。

「挑戦」「顧客第一」「チームワーク」。

これらの言葉を、そのままオウム返しのように部下に伝えても、その心には響きません。

重要なのは、それらの「社長の言葉」を、あなた自身の経験というフィルターを通して、「自分の物語」として語ることです。

例えば、会社のバリューに「挑戦」という言葉があるならば、あなたが過去に、その「挑戦」という価値観に助けられた経験や、逆に挑戦せずに後悔した失敗談を、具体的なエピソードとして語るのです。

「昔、俺も君と同じように、新しいプロジェクトを任されて、失敗を恐れて一歩が踏み出せない時期があった。でも、その時、社長が『失敗してもいいから、思い切りやってみろ』と背中を押してくれた。その経験が、今の俺の原点になっているんだ」

このように、あなた自身の血の通った物語として語られることで、会社の理念は、初めてリアリティと熱量を持ち、部下の心に深く刻まれるのです。

ネガティブフィードバックこそ理念を伝える絶好の機会

多くの管理職が、ネガティブなフィードバックを伝えることを苦手としています。

しかし、実はこの「厳しい指摘」をしなければならない場面こそ、会社の理念を伝える、またとないチャンスなのです。

なぜなら、会社の理念とは、言い換えれば「我が社における、行動の良し悪しを判断する『物差し』」だからです。

部下の行動を改善してほしい時、それをあなた個人の感情や、主観的な意見として伝えてはいけません。

「俺は、君のそういうやり方は好きじゃない」では、ただの個人的な批判です。

そうではなく、会社の理念という、誰もが納得せざるを得ない「公式な物差し」を使って、指摘するのです。

「君のその行動は、我が社が最も大切にしている『顧客第一』という理念に照らし合わせた時、少し違う方向に進んでいるように思う。なぜなら…」

このように、会社の理念を判断基準として示すことで、あなたのフィードバックは、個人的な感情論から、組織としての一貫したメッセージへと変わります。

部下も「上司に嫌われている」のではなく、「会社の価値観と、自分の行動がズレていたのだ」と、客観的に事実を受け止め、前向きな改善に繋げやすくなるのです。

まとめ

この記事の冒頭で、一つの問いを投げかけました。

「部下を動かすのは、技術か、理念か」

ここまで読み進めてくださったあなたなら、もうその答えは、お分かりのはずです。

部下を本当に動かすのは、その両輪です。

もっと言えば、「理念を伝えるための技術」であり、「技術の根底に流れる理念」です。

どちらか一方だけでは、車は前に進みません。

フィードバックのフレームワークや、面談の進め方といった「技術」は、あなたの想いを、部下に誤解なく、正確に伝えるための、非常に重要な道具です。

しかし、その道具を使って、何を伝えたいのか。

その根底に、会社の未来を良くしたい、部下に成長してほしいという、熱い「理念」がなければ、どんなに優れた技術も、ただの空虚なテクニックに成り下がります。

あなたのフィードバックは、単なる評価の伝達ではありません。

それは、社長の想いを、会社の理念を、あなた自身の物語を通して、部下の未来に接続させる、極めて創造的で、尊い仕事です。

あなたの言葉が、一人の部下の成長ストーリーを輝かせ、それがやがて、会社全体の文化を創り上げていくのです。

明日からのフィードバックが、あなたの会社にとって、より良い未来を創るための、希望に満ちた対話の場となることを、心から願っています。

人事評価制度にお困りの方は、お気軽に村井にご相談ください。


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